MOVIE
受賞歴
卒業制作 優秀賞
★作品についてお聞きします
作品のテーマは?
日本での留学生活を通して、スマートフォンの画面越しに届く故郷の変化と、すれ違っていく日常の切なさを感じました。
離れていても確かに存在するつながりと、交わることのない時間の中で揺れ動く心を描いています。
そのテーマにした理由と、誰に何を伝えたかったかを教えてください。
四年前、私は夢を追いかけるために日本へ留学しました。
四年という時間は短く聞こえるかもしれませんが、多くの変化が起こるには十分な時間でした。友人の中には、結婚して子どもを持つ人もいます。日本に来た当時、高校一年生だった弟も、今では大学生になり、身長も私よりずっと高くなりました。
海外からSNSを通して彼らの変化を見ているうちに、自分だけが同じ場所に取り残されているように感じることがありました。
一年半前、叔母が突然救急搬送され、癌の末期であると診断されました。
それからの一年半、私は海外にいながら、彼女の体調が次第に悪化していく様子を見守ることしかできませんでした。
去年の母の日、夜に母と連絡を取った際、叔母の癌が骨に転移し、脊椎が圧迫されたことで歩くことができなくなり、手術のため入院していることを初めて知りました。
このことは事前に知らされておらず、理由を尋ねた際に「あなたは日本にいるから、話しても仕方がない」と言われ、自分の無力さを実感しました。
私の家族は、映画「サマーウォーズ」に登場する家族のように、とても親密な関係です。だからこそ、これらの出来事は、時間の流れと自分の存在の距離について強く意識するきっかけとなりました。
自分では同じ場所に留まっているように感じていても、時間は変わらず流れ続けています。
本作は、そうした時間の流れの中で抱いた感覚や迷いを背景に制作した映像です。
完成までに苦労したこと、それをどのように乗り越えたか教えてください。
この作品の制作期間は約二か月ほどで、そのうち少なくとも一か月以上を絵コンテの構成に費やしました。
初期の段階から一人称視点で進めることを想定しており、以前観た映画「search/サーチ」の影響を受け、物語を進める要素をスマートフォンの画面の中に集約する構成にしました。
また、この作品は創作者としての心の動きを表現した作品でもあるため、「手」のカットを多く取り入れ、創作している感覚を表現したいと考えました。そのため制作期間中は自分の手の動きを観察したり、実際に手の動きを撮影して参考にしたりしていました。
これまで私はアメリカのアニメーションから強い影響を受けてきたため、色彩の設計にも特にこだわりました。特にアニメーションシリーズ「スティーブン・ユニバース」の背景デザインの影響は大きく、卒業制作にも強く反映されています。
制作の初期段階で、寒色と暖色を心情の違いとして使い分けることを決めていました。制作途中では参考としてピクサーの映画「ソウルフル・ワールド」を改めて見直し、主人公が地下鉄に乗るシーンから着想を得て、「嬉しさと悲しさが入り混じった気持ち」を表す色として緑を取り入れることにしました。緑の要素は、冒頭の電車のシーンや家族とビデオ通話する場面の背景などに使用しています。
前段階の絵コンテに多くの時間をかけていたため、実際の制作に入ってからは比較的スムーズに進めることができました。今回の制作を通して、企画において事前準備がどれほど重要であるかを改めて実感しました。
卒業後の目標と、目標に向けてチカラを入れていきたいことを教えてください
現在の自分の好みや得意分野は、まだ2Dを中心としたものが多いです。
しかし在学中に3DCGを学んだことで、3Dならではの楽しさや便利さも強く感じました。
そのため今後は、3Dの技術もさらに学びながら、自分の作品表現の可能性を広げていきたいと考えています。
2026/2/25追記
二月十三日、私は病院へ向かい、叔母と最後の別れをしました。
その二日後の朝――旧正月の大晦日の前日、叔母は眠るように静かに息を引き取りました。
本当に悲しかったです。
他の家族が日々の中で少しずつ叔母の老いを見守っていたのに対し、私にとっては、再会するたびに、叔母が少しずつ知らない姿へと変わっていくように感じられました。
心はこれまでと変わらず、私の知っている強い叔母のままであると分かっていても、そのあまりにも直接的な変化を前にしたときの恐怖と無力感を、抑えることができませんでした。
遠く離れた場所で夢を追いかけるという選択の代償を意識するたび、私は浦島太郎の物語を思い出します。
竜宮城はどれほど美しく、どれほど胸が躍る場所だったのでしょうか。そこには夢があり、未来があります。
「歲月匆匆,不念過去,不畏將來,不負現在!」
時間は瞬く間に過ぎていきます。過去に執着せず、未来を恐れず、今を大切に生きる――そんな意味の言葉です。
これは台湾を離れる前のある午後、叔母の遺品を整理していたときに見つけた、叔母が書き残した言葉でした。
今でも、私は想い続けることをやめられず、未来に対しても、まだ少しの恐れを抱いています。
それでも私は玉手箱を抱えたまま、まだ若く、これからも前に進み続けていきます。
